大学博物館で植物の研究をしている、遠藤さんのコラムです。
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No.082
スミレと墨入れ
植物の名前の由来を考える
5月10日 月曜日

遠藤です。みなさんこんにちは。

先週の「冬の果実の続きの話」のお話は大変たくさん反響をいただき、ありがとうございます。いろいろな例をいただきました。中でもおもしろかったのは、青森県の「バババサミ(婆ハサミ)」というものです。

これはどうやって考えたらいいんでしょうね。今度みなさんにご紹介するときまでに考えておきたいと思います。

前回は植物の呼ばれ方をみなさんと見てきました。「ひっつきむし」などはある植物の名前ではなくて、くっつくタネのグループを指す言葉ですが、一つ一つの植物の名前にもいろいろな由来があります。

スミレ

みなさんはスミレはご存じですよね?



こんな植物です。林下に咲いているのを見たことがある人も多いのではないでしょうか?

スミレの語源は「墨入れ(スミイレ)」だと言われています。みなさんは大工さんがよく使う墨入れってご存じですか?



この写真の左側に墨を入れ、右側に糸(墨糸)を巻きつけた車をつけ、糸を引き出すときに墨糸は墨の中を通るようになっているので、直線を印刷したい加工材に墨糸をまっすぐに張って垂直に軽く弾くと、黒線が材面にたたきつけられて黒い直線が印刷される。という道具です。

この墨入れからスミレになったわけですが、上の2枚の写真ではどこが似ているのか分かりにくいですよね。



スミレの花の特徴に花に「距(きょ)」と呼ばれる矢印で示したような突起が花の後ろ側に付いています。そのふくらみにが、墨入れの「墨壺」を連想するからだと思います。

距には何が入っているかというと、墨ではなくて密が入っています。

ホウチャクソウ

神社を散策すると、塔の四隅に、イヤリングみたいに何かぶら下がっているのを見たことはありませんか?



あ、知ってる。と思われた方も多いと思います。

このベルみたいなものを「宝鐸(ほうちゃく)」といいます。

それをふまえて、次の写真を見てください。



ね、似てるでしょう?

そこで、この植物を「ホウチャクソウ」というのです。

どんな植物の名前にもそのいわれがあります。みなさんが知っているような身近な植物の名前はどんな風にしてつけられたのかを考えるのも楽しいのではないでしょうか?


No.081
冬の果実の続きの話
ひっつきむしの言語地理学
5月1日 土曜日

遠藤です。みなさんこんにちは。
モバイルガーデンの3月18日号で「冬の果実」というコラムをご紹介しました。*1)

コラムの内容は動物に「くっつく」ことよって自分の分布を広げるタイプの果実は、動物の背の高さに合わせて果実をつけ、動物に、くっつきやすくするいろいろな仕組みがある、というようなお話でした。

コラムでは特に言及しませんでしたが、私の住んでいる東京ではこうした動物にくっついて分布を広げる植物のタネ(果実)を「ひっつきむし」と呼んでいます。

以前、これらのくっつく植物の調査が環境庁(現在の環境省)で行われたことがあり、そこでも、「ひっつきむし」と呼ばれていました。

(平成8年度:ひっつきむし(動物付着散布型の草本の果実)調査)
http://www.biodic.go.jp/mijika/hittsuki/press1214/hitsuki_main.htm

こうしたことから、私は全国的に「ひっつきむし」と呼ばれているものだとばかり思っていました。
ところが、3月18日号のコラムを掲載した後、リサさんとおっしゃる読者の方からこんなお手紙をいただきました。ちょっと紹介させていただきますと・・・

福島のおばあちゃんが、昔からねこを飼ってて、うちの家族はいつも
おばあちゃんちで生まれたねこをもらって飼っていました。
で、ねこがタネをつけて帰ってくるとおばあちゃんが

「またバカつけて帰ってきた!」

なんて言って、わたしも小さい頃はいつもその聞こえのおかしさに笑っ
ていました。

このお手紙から、福島ではひっつきむしのことを「バカ」と呼んでいることがわかります。

これはおもしろいなと思い、友人たちに協力してもらって全国で、ひっつきむしがどんな風に呼ばれているかを調べてみました。

調査に参加してくださった方は全部で103名の方々でした。地域がだぶっていたり、同じ地域でも違った名前があることなどから県別に集計してみました。



この地図でピンクの色がついている県が少なくとも1名以上の方からアンケートの回答をいただいた地域です。

全部の県をまんべんなく調べることは難しいので、ピンクになっていない所があるのは仕方ないのですが、特に言葉の多様性の高いといわれる東北地方の3県(青森県、秋田県、岩手県)のデータがないのがちょっと残念です。

調べた結果を先にご紹介すると、

1)全国的には「ひっつきむし」、「くっつきむし」という呼び方が標準的である。

2)地域の偏りはあるが「ばか」、「どろぼう」という呼び方がその次に多い。

3)少数意見としては「げじげじ」「毛虫」などの虫に見立てたもの、「ちくちく」「ひっつきもっつき」などのくっつくという特徴に起因すると思われるもの、タネが動物にだっこされるという連想から「だっこんび」「だっこの実」「とびつき」、お互いにタネを投げ合ってくっつけて遊んだことにちなむであろう「ばくだん」などの呼び方がある。茨城の「ちくちくぼんぼん」というのは、「ちくちく」+「ぼんぼん」と考えると、「ぼんぼん」は丸い実を表しており、また、北海道で使われている「ばくだん」との類似性も考えられる。

4)ある特定の植物の種名をくっつくタネ全体を指す言葉として用いる例が見られた。(例えば、くっつくタネ全体を指す言葉としてオナモミ*2)という1種の植物名を用いるなど)

4)「ばか」、「どろぼう」は普通の人が歩かないような所を歩いて、タネをくっつけてきて(=そういう人は「どろぼう」である)、しかも、それに気がつかない(=ばか)ということを意味していると考えられる。

5)「ばか」と「どろぼう」という呼び方の分布は互いに類似している。

6)もっとも言葉の多様性の大きい地域は北海道で、「だっこの実」、「だっこんび」、「ばくだん」、「ばか」、「どろぼう」と呼ばれている。これは、北海道の入植の歴史と関係があるものと思われる。

7)普通の方言よりも、これらの言葉ができた時期は新しい

このようなことがわかりました。

いきなり結論だとわかりにくいので、地図を使って、地理的なことも考えながら見てみたいと思います。



まず、この地図で赤く示した地域が「ひっつきむし」・「くっつきむし」と呼んでいる地域です。
これを見ると、全体としてはもっとも広い分布域を持っているものの、北海道地域と、九州地域ではあまり呼ばれないことが特徴としていえると思います。



次に、最初にお手紙をいただいて、調べ始めるきっかけとなった「ばか」と呼ばれる地域の地図です。
北海道、甲信越地方-東北地方と九州とに分布が3つに分かれて分布しています。



次は、「どろぼう」と呼ばれる地域です。
これも、大きく見ると、「ばか」と同じく北海道と、関東、九州の3つの地域に分布が分かれています。



最後に、その他の呼び方をする地域です。
北海道では「だっこんび」、「だっこの実」、「ばくだん」と呼ばれ、茨城では「ちくちく」、「ちくちくぼんぼん」、神奈川では「ちくちく」、兵庫県では「毛虫」、広島では「ひっつきもっつき」、岐阜では「とびつき」、熊本と三重では「げじげじ」と呼ばれる地域があるようです。

広島の「ひっつきもっつき」は特異な例だろうと思っていたのですが、広島に住む私の友人と、広島出身の東京学芸大学の学生さんのアンケートで同一の結果でしたので、広島では一般的なのかもしれません。

また、「ひっつきもっつき」は「ひっつきむし」からの派生と考えられますので、「ひっつきむし」よりも新しい言葉であると推測できます。

方言の研究例などから推測すると、新しい言葉や用法は京都(近年では東京や大阪)から発生し、時間を経るごとに地方にその用法が水の波紋のように同心円状に伝わってゆきます。しかし、しばらくすると、同じことを指すにも違う言葉が使われて、そしてまたそれが地方へと伝わってゆく・・・そうして、ある時で言葉の分布を見ると関東と、九州が同じ用法というようなことが起こるといわれています。

こうした、同じ言葉の使われ方が地理的に離れて分布する理由を初めて研究し、解明したのは柳田国男の「蝸牛考」(1930)であるいわれています。

この研究例を参考にすると、分布の中心は分布図から京都(関西)ではなく、東京(関東)であることが読み取れるので、今回調べている言葉たちは東京(関東)出身の言葉であり、一般的に今までの研究で解析されてきたような方言に比べて新しくできた言葉であることがわかります。

そして、九州、北海道地方まで伝わっていない「ひっつきむし」「くっつきむし」が「ばか」「どろぼう」に比べると新しい言葉であることがわかります。

次に、「ばか」、「どろぼう」と呼ばれる地域の分布を比べるとほとんど同じ分布であることがわかります。
しかし、関東地方に注目すると、「どろぼう」は埼玉、東京、神奈川、千葉といった、南関東地域に偏って分布し、「ばか」は福島、新潟、山梨と、どろぼうと呼ばれる地域を囲むように分布しています。

東京発の言葉と考えれば「ばか」の分布域が「どろぼう」の分布域を囲むように外側に分布していることから、「ばか」の方が「どろぼう」よりも古い言葉と考えられます。また、それをサポートすることとして、くっつくタネのなかに「ヌスビトハギ(盗人萩)」*3)という植物があることを考えると「どろぼう」は比較的古い言葉であると考えられると思います。

古い順番に並べてみると

ばか→どろぼう→ひっつきむし・くっつきむし(→ひっつきもっつき)

このような順番でできてきた言葉だということができます。

現在、普段使われる言葉はテレビなどの影響で全国的な標準化がなされてしまっていますが、「くっつきむし」のような、生活してゆく上で重要でない言葉、テレビなどで日常的に使われない言葉はいつまでもその土地独特の方言が残り続けるのかもしれません。

私は言葉の多様性はすでに多くは失われてしまったと思っていましたが、今回の調査をするなかで、改めて日本語の豊かさが各地で保たれていることを感じました。

最後に、みなさんにおねがいがあります。この分布表をより完全な状態にするために

http://www.supreme.co.jp/cfm/ask3/preview.cfm?nID=889633305&P=330280721

このアンケートに、お答えいただけませんでしょうか?

みなさんの答えをさらに集計して、より良いものができたときに、またモバイルガーデンでご紹介できると思います。

よろしくおねがいいたします。

最後に、この調査のきっかけをくださったリサさん、そして、アンケートに協力してくださった@CHaT(http://atchat.jp)のメンバーのみなさん、東京学芸大学、青山学院大学の教職課程の生徒のみなさん、AppleStoreGinzaのみなさん、そして、MacmemAuthersのみなさん。また、電話取材に協力してくれた西表島の西野さんをはじめとして、全国の友人たちに感謝します。

*1)
No.077
冬の果実 いつまでも残っている果実の行方
http://www.macmem.com/endo/mb200403.html#077

*2)
(オオ)オナモミ
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/ooonamomi.html
オナモミという植物もあるのですが、みなさんがオナモミと呼んでいる植物はほとんどがオオオナモミのことだと思われます。なぜなら、オナモミは各地でレッドデータブックに載るほどの希少種となっているからです。また、環境省の調査でも
http://www.biodic.go.jp/mijika/hittsuki/press1214/map/map01.htm
このように、大変分布が限られています。

*3)
ヌスビトハギ
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/nusubitohagi.html
このページではヌスビトハギ(盗人萩)の語源を「盗人の「忍び足の足跡」に似ている」としています。私は「どろぼう」というくっつくタネの呼び方に起因するのではないかと考えています。


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